2013年08月08日

「日本を全面的に追い越すためには、市民文化が肝心だ」BY 中国。・・・絶対に無理だと思う。

暑い日が続きますが、皆さんは体調の方はいかがでしょうか。
俺は正直言って崩しまくりですw
早く冬にならないかな〜。
さて、護衛艦“いずも”が進水し、特定アジアのみがギャーギャー騒いでますが、そのうちの一国・中国で日本を追い越すにはと言う記事がありました。
正直言って失笑ものですが・・・。

ソースhttp://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2013&d=0807&f=politics_0807_007.shtml

中国網日本語版(チャイナネット)は6日、「日本を全面的に追い越すためには、市民文化が肝心だ」とする記事を掲載した。以下は同記事より。
日本の市民文化が中国をリードしているのは、日本が中国よりも1世紀以上早く近代化したことに関係する。かつての日本の市民文化水準は低く、19世紀末と20世紀初頭に日本を訪れた多くの外国人がこの点を指摘している。



かつて日本で25年間暮らした米国の宣教師シンディーガリック(SidneyGulick)が、著書「日本人の変遷」(1903年出版)は「多くの日本人のイメージは、怠慢で時間が過ぎ去っていくのをまったく気に留めない」としたが、今日の日本人のイメージとはかけ離れている。
社会発展の流れから見ると、どの国の市民文化も段階的に向上していくプロセスを経ている。日本は明治維新から、まず全国民の識字教育を実現し、同時に政府は大規模な礼儀教育を実施し、これを続けてきた結果が今日の水準なのだ。
中国は近代化事業を後になってから進めた国だ。短い30年間で、中国は一国家を近代化時代へと引き込み、数億という農業従事者を都市へとかり出し、ひいてはポスト近代化社会へと引き込んだ。西洋が2、300年間かけて歩んだ道のりを、日本が100年以上かけて歩んだ道のりを30年に濃縮したのだ。しかし、ハードウェアが日本に追いつき、追い越せたとしても、市民文化の水準は一朝一夕に追いつくことはできない。
中国の都市化の急速な進展にともない、並んで待つ、無理な横断をしない、クラクションをむやみに鳴らさないなど、どんな些細なことからでも、1年にたった1つのことからでも、政府と社会が力を合わせて着手していかなければならない。良い社会習慣が養われれば、社会気風や生活の質が一新され、人びとの心が和み、強い結束力が生まれ、その地に誇りを持てる暮らしができるようになってくるのではないだろうか。
いずれにしても問題点を把握できれば、日中のパワーバランス、変遷の流れと問題が浮き彫りになり、自らが模索する成功の道をより強い信念をもって進むことができ、次なる栄光へと続いていくだろう。


・・・まず、明治維新当時の日本は西洋近代文明からすれば、人によっては確かに市民文化水準は低く“見えた”のだろう。
しかしこういう話もある。
ある西洋人が江戸を訪れた際、日本人のとある生活習慣を見て、庶民の文化レベルが非常に高いことに驚愕したと言う。
その習慣ってなんだかわかる?
園芸、今風に言えば“ガーデニング”。
つまり、花を育てると言った嗜好を有することは、当時の西洋人からしてもある程度の生活(身分)レベルの者がやるもので、庶民レベルでこれを行うと言うことはそれだけ当時の日本人の文化レベルが高かったことを表していたわけだ。
そもそも土台からしてレベルが違いすぎるうえに、中国が文化的に日本に追いつけない決定的な理由は中華思想そのものを有しているか、破棄しているか、これに尽きる。
当時、日本・中国・朝鮮が欧米列強に(時間差はあったかもしれないが)侵攻されていたことは、条件自体はほぼ一緒だ。
問題はそれに対しての対応。
中国は支配層が欧米を単なる田舎者としかとらえていなかった、つまり中国が世界の中心であると考える中華思想そのものによって現状把握ができずに侵略されたわけだ。
朝鮮は現在と同じ中華思想・事大主義でその時に一番強い勢力に媚を売って支配層の安全を確保したわけだ、庶民置き去りでね。
日本は庶民はともかく支配層が国が亡びると言う危機感から、ありとあらゆる方策を練ったわけ。
当然、その方法論の違いから内戦をやる羽目にはなったが、江戸城無血開城や明治維新への移行と比較的ベストな方向に行った。
それは歴史が証明しているでしょ。
それとあともう一つ、これはあくまで個人的意見だが、日本の“進化する文化”と“中華思想文化”の違いもあると思う。
中華思想文化とは平たく言えば、「西洋文化も日本文化もすべて中華文化のよりもレベルが低い文化であり
中国に献上された貢物に過ぎない」と考える文化。
そのいい例が今世界中に溢れるコピー製品やパクリなど、著作権などを無視した中国人の独善による商品・文化そのものだ。
コメント欄にスパム※がいっぱいあるでしょ?中国人による嫌がらせとコピー商品の宣伝が。(削除するの大変、ああいう連中なんだよw)
対する日本の“進化する文化”とは“魔改造・吸収・融合の文化”である。
例えば、海外でも人気がある和食だが、てんぷらなんてもともとは日本食ではなかった。
徳川家康が食したことが始まりで、金平糖にしても、とんかつにしてもアニメにしてもだ。
問題はそれらの海外文化を日本の文化に合うように魔改造・もしくは吸収・昇華し自国の文化にしてしまうことが日本の独自の文化と言えるだろう。
友人の息子さんの彼女が東南アジアの親日国の人で、留学して大学で日本文化について研究しているのだが、その子がこんなことを言ってたんだよ。
「文化とは異文化と接触しそれを吸収してさらに発達していく特性があるが、日本のそれは特に顕著に表れているが、だからと言って日本的な物が壊れるわけではなく、むしろ“昔からそこにあった”かのように自然に溶け込んでしまっている。
これこそが日本文化の特徴・魅力であると同時に(個人的意見として)は怖いところだ。
中国や韓国が日本を恐れる本当の理由はこんなところではないだろうか」
聞いてて思わず「なるほど」と思ってしまった。
日本のカレーやラーメンは元は海外の物だが、海外に行くと日式カレーまたは日式ラーメンとして人気が高い。
当然本場の物とは違うことは認識してるし、どこかの国みたいに“起源”を唱えることもしない。
最近でこそ“クールジャパン”で売り出はしているが基本的に日本人が自分たちで楽しむために作った物が相手に認められているだけでしかないわけだ。
これが中国人なら「売れるからまねして作ったアル。」
韓国人なら「○○の起源は韓国ニダ。」
が関の山だろう。
文化とは自分自身の生活を豊かにするための物であり、国民の高揚や金儲けは2次的、3次的な副産物に過ぎない。
それを理解しないで、文化を高めようとしても高まるどころか逆に衰退・荒廃をもたらすだけだ。
確か、福沢諭吉がこんなことを言っていたと記憶している。
「国が強くなるには4つの力が重要である。
外交力・経済力・軍事力・文化力である。」
うる覚えだがら間違ってたらゴメンね。
でも、これって確かなことだし、実はこの中で一番強くするのが難しいのは文化力なんだよね。
日本が短期間のうちに主要国になれたのは文化力がすでに備わっていたからこそ、出来たことなのかも知れない。
posted by 泳ぐ鳥 at 12:12| Comment(1) | TrackBack(0) | 特定アジア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
拝啓、管理人さんお久しぶりです。
文化力、本家本元を凌ぐ魔改造は日本の誇りであります。
マスメディアは、反日宣伝教育と並んで日本の誇る長所は報道しません。
宣伝、ご容赦下さい。
付記URLより
チャイナ通の河添恵子氏

北京語
通訳捜査官坂東忠信氏サイト。http://taiyou.bandoutadanobu.com/?guid=ON&eid=1235155

アメーハブログにも坂東忠信氏のサイトがあります。

順不同となりますが、ユウチューブで
「 坂東忠信、奥山真司まさし、
チャイナ通の河添恵子 」三氏で検索すると興味深い動画が出て来ます。

坂東忠信氏の新刊
「 静かなる日本戦区 」
青林社より出ました。
気鋭の地政学者
奥山真司氏サイト
「 英国で地政学を学んだ 」下記URLより

http://mblog.excite.co.jp/user/geopoli/entry/detail/?id=20801667&_s=936002b03fb58e96c47f6075a8c236c7

奥山真司氏の訳した
中国ものの新刊が二冊出ました。

「 全ての富を中国が独り占めする

ビジネス社

「 自滅する中国

なぜ世界帝国になれないか 」芙蓉社
ご高覧下さい。
m(_ _)m乱文にて 敬具


Posted by (^o^)風顛老人爺 at 2013年08月18日 05:41
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